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福岡高等裁判所 昭和35年(ネ)804号 判決

肥後銀行

理由

訴外東洋実業株式会社が昭和二九年三月一二日訴外株式会社肥後銀行(以下単に前者を東洋実業、後者を肥後銀行という)との間に金四〇〇万円を極度額とする手形取引契約を結び、右取引にもとずき東洋実業が肥後銀行に対し負担する債務につき被控訴人が保証人となつたこと、東洋実業が振出した原判決別表(省略)記載の為替手形に控訴人等がそれぞれ別表のとおり引受をなし、ついで東洋実業が前示手形取引契約にもとずき、右各手形を肥後銀行に割引のため裏書譲渡して各手形金相当額を借入れたこと、肥後銀行において右手形の各支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたがいずれも支払を拒絶されたこと、以上の事実は関係当事者間に争いがない。

証拠によれば、前示手形取引契約においては、割引依頼人である東洋実業が手形交換所の不渡警告処分を受けたときは、何等の予告を要せず直ちに債務の全額について弁済期が到来したものとして弁済すべきこと、ならびにこの場合には東洋実業の債務とその預金債権とを相殺することができる旨の約定が結ばれていた事実を認めることができる。しかるに証拠を総合すれば、前示手形取引の結果昭和三一年二月二五日における東洋実業の借入残高は金二、九八四、四四四円となつたが、東洋実業は昭和三一年二月二七日熊本手形交換所の不渡警告処分を受けた結果、前示約定にもとずき右借入金を弁済すべきこととなつたので、肥後銀行は被控訴人主張(原判決摘示の請求原因事実四ないし八項)のとおり、昭和三一年二月二九日、同年三月一日、同月三一日、同年四月六日、同年五月七日、自己の所持する本件不渡手形(本件以外のその余の不渡手形をふくむ)の割引対価として交付した金額に相当する貸金債権と東洋実業の自己に対する歩積または別段預金とを相殺する旨の意思表示をした(被控訴人がいうところの代払とは以上の意味にほかならない。)結果、東洋実業は昭和三一年五月八日以降は別表(21)(22)(36)(20)(18)(16)(17)(19)(24)(23)(15)の不渡手形一一通の割引によつて得た金額に相当する借入金債務を残すのみとなつたこと、そこで東洋実業は同年五月一九日右一一通の不渡手形を買戻す資金として肥後銀行に対し、新たに被控訴人を保証人とするほか、依然銀行が所持していた本件不渡手形全部(前示一一通をふくむ)を担保として肥後銀行に対し金四〇万円の借用を申入れたので、同銀行はこれに応じ同月二五日東洋実業振出の額面四〇万円、支払期日同年六月二三日、利息日歩二銭八厘の単名約束手形を徴し金四〇万円を貸与した結果東洋実業は右借入金と当時の預金残とをもつて前記不渡手形一一通の割引によつて得た金額に相当する借入金債務四二三、九九一円を返済した。以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

手形取引契約において割引依頼人が裏書人として手形上の償還義務又はこれに準ずる手形の買戻義務のほかに、消費貸借上の債務を負担する場合に、右消費貸借上の債務を手形が担保する関係になるとしても、右消費貸借上の債務というのは個々の手形の割引によつて得た金額の返還債務に外ならないから、これを担保するのも当該個々の手形であるべきで、個々の手形が消費貸借上の残債務全部を共通に担保するには当事者間にその旨の特段の約定ある場合に限るものというべく、かかる特約がない以上個々の消費貸借上の債務が消滅すればこれに対応する手形上の債務も消滅することは当然である。本件についてみれば、前示のとおり東洋実業が本件不渡手形(ただし最後に残つた一一通を除く)の割引によつて得た金額に相当する各借入金債務は肥後銀行がなした数回にわたる相殺の結果消滅したことにより、前示共通担保の特約があつたことを認めるに足る証拠がない本件においては、右借入金に対応しこれを担保する関係にある本件不渡手形の所持人(被裏書人)として有する肥後銀行の手形上の権利もその都度消滅し、肥後銀行はもはや右手形を所持する権利はなく、これを直ちに東洋実業に返還しなければならないのに、同銀行はこれを返還することなく違法に所持していたものとみなければならない。被控訴人は肥後銀行の東洋実業に対する消費貸借上の残債務が存する限り手形債務は消滅しないと主張するけれども既に説示したとおりであつて右主張は採用できない。

しかしながらその後昭和三一年五月二五日東洋実業が肥後銀行に貸金四〇万円の担保として本件不渡手形全部を提供したのであるからこれにより肥後銀行は再び手形上の権利を取得するに至つたものといわねばならない。ただし、証拠によれば、本件不渡手形の裏書は割引当時の記載をそのままにしてあるが、右担保の目的を以てする手形の再度の譲渡は右割引当時のままの裏書日附ではなく、実際の譲渡日である昭和三一年五月二五日になされた期限後裏書とみなければならない。

ところで被控訴人が東洋実業の保証人として肥後銀行に対し前示金四〇万円の債務を弁済し、このため民法第五〇〇条の法定代位権にもとずき昭和三二年六月七日同銀行が右貸金の担保として所持していた本件不渡手形全部の期限後裏書による譲渡を受け現にその所持人たることは当事者間に争いがない。よつて被控訴人は肥後銀行が控訴人等に対し有する手形上の権利を行使することができるわけであるが、別表振出年月日らんを対照すれば肥後銀行は本件不渡手形全部につき期限後裏書による被裏書人とみるべきであるから、控訴人等のうち右譲渡の日である昭和三一年五月二五日までにその前者(裏書人)である東洋実業に対し有する人的抗弁事由をもつて肥後銀行ひいては被控訴人に対抗することができるといわねばならない。なお控訴人等は東洋実業が肥後銀行に対し借入金の弁済をしたことにより手形上の債務も消滅したから、控訴人等も右消滅事由をもつて肥後銀行及び被控訴人に対抗することができると主張するけれども、借入金の弁済によつて本件不渡手形の権利者となるのは割引の裏書人である東洋実業であつて、右借入金の弁済により直ちに引受人としての控訴人等の手形上の債務は絶対的に消滅するものではなくその後東洋実業が再び前示貸金の担保として肥後銀行に手形を譲渡した以上前項説示の限度において控訴人等は肥後銀行ひいては被控訴人に対し引受人としての手形上の債務を負担すべきことは当然である。

よつて人的抗弁事由の有無について検討するに、証拠を総合すれば、本件不渡手形は東洋実業と商取引を結んだ控訴人等が商品代金支払の方法として引受をなした為替手形であることを認めることができ、更に控訴人有限会社村田衣料店は別表(1)の手形につき昭和三一年五月八日金一万円を、控訴人浜村正道は別表(6)の手形につき同月一八日金一万円を、それぞれ東洋実業に対し支払つた事実を認めることができる。なお控訴人坂井兼光は(13)の手形につき昭和三一年五月八日金六〇、三六二円。(14)の手形につき同月八日金三五、六〇〇円を(15)の手形につき同月二五日金七七、七五〇円をそれぞれ東洋実業に対し支払つたと主張するが、控訴人提出の乙第一号証の三及び四(振替伝票)は原審証人樅木(第一回)の証言によれば東洋実業が不渡手形の決済(代払)をした事実を明らかにするにとどまり、同控訴人の東洋実業に対する入金の事実を認める資料とするに由なく措信できない前示樅木の証言を措いては他にこれを認めるに足る確証はない。

してみれば控訴人有限会社村田衣料店は原判決別表(1)の手形金額面二五、〇〇〇円中一万円、控訴人浜村正道は別表(6)の手形金額面二一、〇二八円中金一万円については、東洋実業に対し弁済した事由(本件手形は控訴人等において東洋実業から買受けた商品代金の支払を確保するため引受けたものであることは既に述べたとおりである)を以て東洋実業から期限後裏書を受けた肥後銀行ひいては被控訴人に対抗することができるわけである。しかし控訴人等が東洋実業に対し弁済したと主張するその余の手形については、かりに右弁済の事実が認められるとしても、右弁済の日はいずれも肥後銀行が期限後裏書を受けた後の日であることは控訴人等の自認するところであるから、右弁済の事由を以て肥後銀行ひいては被控訴人に対抗することはできないというべきである。

その結果控訴人等において二重払の不利益を受けることとなつてもこれは控訴人等が手形と引換でない弁済は拒絶できるのに、勝手に引換でなしに東洋実業に対し弁済したことにより自ら招いた結果として仕方がない。

以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人等に対する本訴請求は控訴人有限会社村田衣料店に対し手形金一五、〇〇〇円及び昭和三一年二月一六日(支払期日の翌日)より同年五月八日までは金二五、〇〇〇円に対する手形法所定年六分の割合、同月九日から金一五、〇〇〇円に対する完済に至るまで同割合による各利息、控訴人浜村正道に対し手形金一一、〇二八円及び昭和三一年三月二一日(支払期日の翌日)より同年五月一八日までは金二一、〇二八円に対する同月一九日から完済までは金一一、〇二八円に対する各手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める限度で認容すべきも、その余は失当であるから棄却すべきであり、右両名以外の控訴人等に対する原判決別表記載の各為替手形金及び最終支払期日の翌日から完済に至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決は結論において相当で、同控訴人等の控訴は理由なきものとして棄却すべきである。

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